名古屋にある北区の伝説などについて、詳しく解説するサイト『名古屋市北区の言い伝え』

●●●清水●●●

【神明社・八幡社】

この神社は八幡社と神明社の合殿という、ちょっと珍しい神社です。
本殿はひとつなのですが、神明社は1630年に創設され国常立尊を祀っており、八幡社は
譽田別尊を祀り1552年に小幡越に建てられていたのを1906年にここに移され、合殿
となっています。
同じ敷地内に複数の神社が同居している所はありますが、同じ本殿に2つの神社というのは
あまり聞いたことがないでしょう。

【解脱寺】

解脱寺は栄にある白林禅寺の末寺です。
白林禅寺は犬山城主成瀬家の菩提所だったのですが、二代目正虎の頃不祥事を起こした家臣
が白林禅寺に救いを求めて駆け込みました。
住職の全用和尚は正虎の要求に対して家臣を渡さない、としていたのですが、正虎は和尚を
騙して家臣を手討ちにします。
全用和尚はこれに怒ってしまい、故郷の上州に帰ってしまったそうです。
この件を後悔した正虎は1657年、荒れ果てていた薬師堂を再建し解脱寺と名付けます。
1688年には松尾芭蕉がここで句会を開き、「粟稗に 貧しくもあらず 草の庵」という
句を残し、その句碑はこの解脱寺に残されています。

【八王子神社】

解脱寺から南東の西杉公園の近くに八王子神社があります。
ここは昔から子供の守り神として多くの人の信仰を集めています。
もともとは那古野庄今市場の場所にあった若宮八幡宮の中にあったのですが、1610年
名古屋城築城の際に名古屋東北の護としてここに移されました。
ちなみに、場所はくじで決められたそうです。

【捨橋】

今は埋め立てられた西行川には、捨橋という橋がありました。
この橋があった当時はひとつの言い伝えがありました。
この橋から子供を一度捨てて拾うと、その子供は健康に丈夫に育つというものです。